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東京地方裁判所 平成6年(ヨ)21141号 決定

主文

一  債権者らの本件申立を却下する。

二  申立費用は債権者らの負担とする。

理由

第一  申立の趣旨

債権者らが、債務者に対し、組合員たる権利を有する地位にあることを仮に定める。

第二  事案の概要

一  当事者

債務者は、建設産業に従事する主として東京都内に居住する労働者をもつて組織する労働組合であり、債権者らは、その組合員であつた。

二  除名処分

債務者は、平成六年四月一日、債権者らを除名した。

三  以上の事実は当事者間に争いがなく、債権者らは右除名は債務者規約の定める除名事由に該当する事実が存在しないにもかかわらずなされたものである上、除名に至る手続にも瑕疵があるから無効であると主張し、債務者は、債権者らは、同年三月一三日、首都圏建設一般労働組合を結成したが、かかる行為は債務者への攻撃と組織破壊活動であり、債務者規約四条及び九条に違反するから右除名は有効であると主張する。

第三  当裁判所の判断

一  被保全権利について

1  除名処分に至る経緯

債権者らが債務者に所属しながら首都圏労組を結成したこと及び債務者がこれを理由に債権者らを除名したことは当事者間に争いがなく、疎明及び審尋の全趣旨によれば、除名に至る経緯について以下のとおり認められる。

債権者らは、債務者における政党の支配に反対し、組合民主主義を確立して労働者の権利擁護を実現するという目的で新組合を結成することとしたが、債務者が母体となつて組織している国民健康保険組合である東京土建国民健康保険組合は十割給付の健康保険組合であつたところ、新組合においては直ちにかかる健康保険組合を組織することができないため、新組合において建設国保等の健康保険組合への加入が認められるまで債務者に籍を残すという二重加盟を続けることとした。

三月一三日、債権者らは、名称を首都圏労組として新組合を発足させた。

三月二三日、債務者常任中央執行委員会が右結成の諸文書を入手し、債権者らが債務者に籍を置きながら新組合を結成した行為が除名及び権利停止の処分の対象となることを確認するとともに、対策本部を設置し、これに一定の権限を付与した。

三月二四日、右対策本部の書記次長が債権者ら九名の自宅を訪問して調査、指導を行つた。

三月二五日、右首都圏労組は、債務者組合員に対して首都圏労組への加入を呼びかけるビラを配布した。

三月二六日、債務者は、債権者らに対し、首都圏労組の結成が除名、権利停止の対象となるものであること及び三月三一日までにかかる行為を中止し右労組から脱退する旨表明しない場合には除名、権利停止処分に付する旨の中央執行委員長名義の通告書を送付した。

四月一日、債務者は、その拡大中央執行委員会(中央執行委員のみならず各支部の組織部長等などが出席するもので規約上は中央執行委員会である。なお、中央執行委員以外の出席者は中央執行委員会決定事項については議決権を有しない。以上は審尋の全趣旨により認められる。)において、常任中央執行委員会の処分の報告を受けて債権者らに対する本件処分を決定し、同日付けで通告書を発して債権者らにこれを通知した。なお、右通告書には、右処分に不服がある場合には四月一三日までに出頭して直筆文書を提出されたい旨の記載があつた。

四月一二日、債権者らは、代理人作成の「通知書」と題する書面により債務者に対して右処分についての異議を申し立てた。ただし、不服の理由は右書面には記載されていない。

五月二日、債務者は、その中央執行委員会で右異議申立に理由がないことを確認した。

五月一五日ないし一七日にかけて開催された大会において債権者らの右異議申立を却下した。

2  除名事由の存否

以上を前提に、債権者らについて除名事由が存在するか否かについて判断する。

債務者は、その債務者規約において、組合内の処分について、

「組合員が規約に違反して統制を乱し、組合の名誉を損じ、また、組合に損害を与えたときは、中央執行委員会の議をへて、除名、権利停止または勧告の処分を中央執行委員会または大会で決定する。」(四〇条一項)、「これらの決定に不服のあるものは、大会へ異議の申立てをすることができる。」(同条二項)と定めている。

債権者らは、債務者に所属しながら新組合を組織しているのであるが、ある労働組合に所属しながらこれと方針を異にする他の労働組合を結成するという行動が労働組合の統制を乱す行為であることは言うまでもないことであつて、債権者らに除名事由が存在することが明らかである。

この点について、債権者らは、右規約には二重加盟を禁じた条項は存在しないから債権者らには除名事由は存在しないと主張する。しかしながら、債務者は、「組合員の少数意見は尊重されるが、少数は多数にしたがい、また各々の機関で決定されたもののうち抵触する部分がうまれたときは上部機関の決定を優先することによつて単一組織としての機能を高め、団結の力をいつそう強めるよう努める。」と定め(四条二項)、更に「目的達成のためにつぎの義務をもつ。一、組合員として道義を守り、組合員相互の信頼の確立と組合の拡大強化のために努力しなければならない。」と定めている(九条)。確かに二重加盟を正面から禁じた条項はないものの、右に掲げた規定の趣旨に照らすならば、債務者が二重加盟を禁じていることは明白であると言わざるを得ない。

また、債権者らは、二重加盟について、債務者が母体となつて組織している国民健康保険組合は十割給付の健康保険組合であつたところ、新組合においては直ちにかかる健康保険組合を組織することができないので、新組合において建設国保等給付率の良い健康保険組合への加入が認められることになるまで二重加盟を続けることとしたにすぎず、いわば緊急避難的なものであつて、債務者内部において債務者の組合員としての権利行使をすることはもはや考えていないのであるから、その統制を乱すということもあり得ず、除名しなければならないような緊急事態ではないと主張する。しかしながら、債務者の組合員としての地位に止まりながらこれと方針を異にする他の労働組合に加盟するということは債務者内部の情報が漏洩する可能性などがあり、そのことに伴う債務者組合員の心理的動揺は計り知れないものがあり、かつ債権者らのように自分達の都合の良い部分でだけ債務者を利用しようとするものが現れると他の債務者組合員に与える影響も好ましからざるものがあるばかりでなく、現に債権者らによつて結成された首都圏労組は債務者組合員に対して加入を呼びかけるビラを配布しているのであつて、債権者らの右行動をもつて統制を乱すものではないと認めることはできない。

3  手続の瑕疵について

次に、除名の手続について見るに、債務者において除名に関する規定は先に挙げた四〇条の規定だけであつて、その他の手続的要件は何ら定められていない。右認定によれば、債務者はこれに従つて本件処分をしているのであつて、本件処分には手続的にも何ら欠けるところはない。

債権者らは、〈1〉常任中央執行委員会が対策本部を設置しこれに一定の権限を付与しているが、債務者規約上右委員会にかかる権限を付与する権限は存在しない、〈2〉中央執行委員会が除名を決議する以前から常任中央執行委員会及びその機関が債権者らの除名を前提とした行動をとつていた、〈3〉中央執行委員会の決定においても大会における異議申立手続においても債権者らに弁明の機会を与えなかつたなどと主張する。確かに、除名というのは組合員の身分の得喪に直接関するものであり、労働組合の統制権の発動のなかでも最も重大なものであるから、その手続は慎重であることが望ましく、債務者の本件処分に至る一連の経緯を見ると若干性急かつ強引にすぎる面がないとは言えないのも事実である。しかし、右〈1〉については、右規約一七条二項において常任中央執行委員会の権限として「緊急事項等の処理」が定められており、対策本部を設置しこれに一定の権限を付与することはこの権限の行使と認められる。同〈2〉については、かかる事由は除名手続の瑕疵を招来するものではないと解される。同〈3〉については、中央執行委員会は毎月一日に開催されることは組合員にとつては周知の事柄であり(審尋の全趣旨により認められる。)、債務者は除名を通知した通告書において不服申立について言及しており、債権者らも四月一二日付けで通知書と題する書面において異議を申し立てていること、更に前述のように三月二六日付け通告書においても処分を予告していることに照らすと、弁明の機会が与えられていないとは言えない。したがつて、右〈1〉ないし〈3〉はいずれも理由がない。

4  結論

以上を総合すると、本件処分には統制権の濫用と評価すべき手続的瑕疵は認め難い。

二  結論

以上によれば、保全の必要性の有無について判断するまでもなく、債権者らの本件申立は理由がないことに帰するから、却下を免れない。

(裁判官 蓮井俊治)

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